ヨウ素の歴史

ヨウ素は1811年にフランスの硝石業者であるクールトアによって海藻の中から発見されました。当時、硝石は海藻を焼いた灰から生産されていました。クールトアは海藻灰の抽出液に酸を加えると刺激臭のある気体が発生することに注目し、それを冷やすと黒紫色の結晶となることを見つけました。2年後の1813年、フランスのゲイリュサックの研究で、この物質が新しい元素であることが確認されました。この元素を瓶に入れておくと紫色の気体がたちこめることから、元素の名前をギリシャ語の紫(iodestos)から『Iode』と命名されました。日本語の「ヨウ素」「ヨード」はドイツ語の『Jod(ヨード)』に由来しています。

ゲイリュサックにより命名されたその翌年(1814年)、フランスで世界初のヨウ素の工業的生産が開始されましたが、その製造方法は海藻灰を原料にした方法であり、生産量は僅かなものでした。しかし、1868年にチリで硝石製造の廃液からのヨウ素製造が始まると生産量は飛躍的に増加し、チリ産ヨウ素が世界の市場を独占したため、海藻灰法は衰退しました。これに対抗するため、各国で資源の探索、製造方法の開発が行われ、1910年代に、かん水からヨウ素を工業的に製造するさまざまな技術が生み出されるようになりました。

このような世界の動きに日本は後れを取っており、日本で最初の工業的生産は1888年になって東京・深川で開始されましたが、依然として海藻灰を原料にした家内工業的な生産に過ぎませんでした。しかし、1934年に当社が千葉県大多喜町で沈殿法(銅法)を用いて日本で初めて工業的にかん水からヨウ素を製造する工場を操業して量産化に成功し、世界でも有数の生産国となって、海外に輸出するまでに大きく発展しました。その後も新たな製造方法の開発、転換が図られ、1960年代に純度の高いヨウ素が大量に得られるブローアウト法が実用化され、現在の主流となっています。

近年ではヨウ素需要に対する供給体制の制約、環境や経済問題から、ヨウ素のリサイクルの要請が強くなっており、既に日本ではヨウ素生産量の約25%が回収されたヨウ素になっています。

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